新着食財情報

大野ヶ原開拓組合 大野ヶ原大根

天空の畑に広がる命のみどり。開拓によってもたらされた恵みの物語。

その名を知らぬ者はいない夏のご馳走「大野ヶ原大根」とは。

愛媛県と高知県を跨ぐ四国カルスト。標高1200メートルを越す日本最高の高山カルストに、大野ヶ原はあります。
真夏でもひんやりとした空気が流れるこの地で栽培されている「大野ヶ原大根」は、県下の量販店はもちろん、県内外の消費者が求めて行列を成すと言う圧倒的なブランド力を持つことで知られますが、その味わいはなるほど格別。
夏大根とは思えない柔らかな果肉はほのかな甘みを蓄え、軽快な歯ごたえはさっぱりした後口を残します。これは赤土の上に火山灰土という大根栽培に適した深い土層が形成されているだけでなく、豊富な堆肥を投入することで内部が充実した「旨みのある良質な大根」が育つ環境を作っているから。その美味しさを求めて週に数千本単位で欲しいと言うスーパーのバイヤーや、ドライブがてらやって来て、一人30本以上買って帰るという主婦のグループらが後を絶ちません。ある種「避暑地の風物詩」とも言える静かな賑わいです。しかし、この「大野ヶ原大根」がここまで愛されるようになるまでには、この地で生きる人々の、長く、深く、そして果てしなく厳しい開拓の歴史があったのです。

開拓60年。果敢に原野に挑み、文化を創造した人々の足音がこだまする風景。

古くから弘法大師や源平合戦にまつわる伝説を持つ大野ヶ原は、昭和初期まで、人の息を阻む神秘の地でした。終戦後、入植が始まった折に開拓実験農場の指導職員として大野ヶ原に赴任した黒河さんは、何一つ満足に揃わない環境下で自分達の住む家を作ることから始まるという、厳しい入植者達の生活を目の当たりにし、事もあろうに、自らが一開拓民となって大野ヶ原で生きるという道を選びます。衣食住のすべてが不十分で儚く消える命も少なくない。厳しい気象環境と絶望的な孤独感の中で希望を失い、次々と離農する人々を見てなお、職を辞してこの地に残る決断をした根拠はなんだったのでしょう。
「敗戦で日本も日本人も壊れていました。失った多くの命を無駄にしない生き方を、生きて帰った自分はしなければと思いました。」
自分の持つ営農の知識を活かし、この荒野に理想郷を築こう。人が生きる社会を作ろう。ひたすらなその思いで槌を降り、幾多の試練と戦い続けてきました。総人口約90人、総世帯約30戸となった集落では、2010年、開拓60年を節目に農林水産祭「豊かなむらづくり」総理大臣賞を受賞した今もなお、開拓者たちの足音が聞こえるようです。

有機質の土地は芯の強い野菜を生み、ブナの原生林は静かに歴史を刻む。

現在の大野ヶ原の農業は、2世と3世が営む酪農が中心。後継者として故郷に帰る若者が多く、過疎が進む西予市の中で「少子化」とは無縁の元気な町です。
黒河さんら開拓1世の悩みは「大野ヶ原大根をどう続けていくか」ということ。豊富な発酵堆肥やえん麦などで作る有機質の土壌は、この地の野菜にとって最大の武器。一昔前は泥を洗ったきれいな大根しか相手にしなかった小売店も、今では「ぜひ土つき、葉付のまま欲しい」へと変化。「年寄りには土を洗うのは一苦労。土つきが再認識されて良かったです。」と冗談ぽく笑う黒河さん。長年の苦労がお客様に伝わり、味で評価されるようになった誇りを感じているからこそ、なんとか残したいという思いが強くなるのだとか。
牧草地の奥に広がるブナ原生林を保護する活動も、1世時代から続いています。高地の農業を支える貴重な水源であったと共に、この地の自然と暮らす人々の拠り所でもある原生林は、ここで生きた人々、これから生きる人々にとって守るべき「故郷の象徴」かもしれません。

 

これほど交通が発達した現代、整備された広い道に沿って向かった大野ヶ原でしたが、そのわずか数時間ですら「遠い」と感じてしまった自分。道なき道を何日もひたすらに歩いて往来し、物と文化を動かしたまさにその人、黒河さんご本人を前にすると、あまりにも恥ずかしく、本当に居た堪れない思いがしました。
豊かな農家に生まれ、県職員という仕事を持ち、妻子との不自由ない暮らしを約束された黒河さんが「選んでしまった」開拓者としての壮絶な人生。その答え、私には到底わかりませんが、60年間寄り添い生きた奥様の穏やかな笑顔に胸が熱くなりました。
「大野ヶ原大根」を求めて、はるばる県外からやってくるお客様も少なくないそう。夏大根とは思えないジューシー感と清涼感のある甘さ。必ずリピートしたくなる、必ず人に教えたくなる、無敵の商品力に脱帽です。

いまや県下でも有数の酪農地帯へと発展した大野ヶ原。開拓2世が中心となり、良質な牛を育てています。 集落を一望できる丘の上には厳しかった開拓の時代を思わせる岩石が無数に。60年前と同じ風が吹く場所。 日本南限のブナ原生林のおかげで高標高にもかかわらず保水が十分な地。高原野菜が美味しくなるわけです。
もっと美味しく!食財メモ

「四国カルスト」といえば「高原牛乳」というイメージが強くあり、それは味の良さはもちろんのこと、この地で暮らす人々の命を繋ぐ糧でもあったという意味合いも持ちます。寒さに強く、元気な大野ヶ原のホルスタインは夏でも乳量が落ちません。観光帰りにお土産として求めることもできますが、やはり醍醐味は採れたてを味わうこと!特にクリーミーなソフトクリームはこの地を訪れた人にしか味わえない逸品。子沢山の肝っ玉女将の笑顔とともにどうぞ。
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