吉村昭『歴史の町−宇和島』/「食の文学館」第7号(紀伊国屋書店)所蔵

一般的に鯛めしというと、蒸した鯛の身を米飯に炊きこんだものを言うが、宇和島のそれはちがう。味醂でも入れてあるらしい醤油味の汁に白ゴマをふりかけ、生卵を入れてかきまぜる。そこに新鮮な鯛の刺身を入れ、米飯の上にのせて食べるのである。私は宇和島へ行くと、必ず昼飯は鯛めしと決めている。


獅子文六『鉢盛料理』/『飲み・食い・書く』(角川文庫)所蔵

鉢盛料理は観るための料理なるかを疑わしめる。婚礼のせいもあるが、松や巌を配した台の上に大鯛が姿のままで跳躍の形を示し、その下に波浪重畳たるごとく鯛の刺身を並べてある。

刺身に醤油をブッかけるのは蛮習であろうと質問したが、これまた、先方に理があった。漁場に近き彼らは実に鮮魚の味をよく知っていた。例えば鯛にしても、釣ったもの、網のものの相違はもとより、活きた鯛よりも釣ったその場で頭部のある個所を刺して殺したものを、適当の時間後に食事する方が、遥かに味よきことなぞを述べた。また、わざと生簀に一週間も置いて、痩せさせた鯛の味なぞも賞賛した。そして、そういう微妙な鮮魚の味は、山葵や生姜を用いると、どこかへケシ飛んでしまうというのである。ブッかけは蛮習かも知れないが、醤油のみで食する方が真に鮮魚の味がわかるというのである。


村松友視『鯛めしのスタイルを満喫する旅』/『市場の朝ごはん』(小学館文庫)所蔵

宇和島の鯛めしは、海賊料理のひとつとして数えられ、海の男たちの知恵が生み出した合理的な料理だと言われている。舟の上で酒盛りをしたあと、酒を飲んだ椀にごはんを入れ、細切りにした鯛の刺身をのせて食べたのが、宇和島の鯛めしの始まりだったそうだ。少し濃いめのタレと生タマゴをかきまぜ、その中に刺身を入れ、それをごはんにかけ薬味をのせて食べる。きりっとした鯛の旨みと醤油と酒の香りがうまく合って素晴らしい・・・宇和島の鯛めしの話をしてくれた人は、口からヨダレを流さんばかりにして、宇和島流鯛めしの講釈をしていたものだった。


正岡子規/『子規句集』(岩波文庫)所蔵

はね鯛を取て押へて沖膾
鯛鮓や一門三十五六人
秋風や高井のていれぎ三津の鯛
俎板に鱗ちりしく桜鯛
鯛もなし柚味噌淋しき膳の上
病人に鯛の見舞や五月雨


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